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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2215号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人らは各自控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和三八年三月三〇日から支払ずみとなるまで年六分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、

被控訴代理人において、

一、崔から控訴人に対する本件手形の裏書譲渡は、訴訟行為をさせることを主たる目的としてなされた信託法第一一条に違反する無効のものである。

控訴人が崔に対し、昭和三八年一月一一日、「割引」の対価を支払つた事実はなく、手形は同年三月上旬頃まで、崔の手裡に存した。そして、手形はそれ以降において、右目的で崔から控訴人に譲渡された。

二、右手形の裏書譲渡は、通謀虚偽表示としても無効である。

すなわち、崔と控訴人とは、相通じ、その頃譲渡を仮装した。

と述べ

控訴代理人は、被控訴人の右各主張事実はいずれも否認すると述べた。

証拠(省略)

理由

被控訴人富山市大広田信用農業協同組合(以下単に被控訴組合という)が昭和三七年一二月一〇日被控訴人金山国夫に宛て金額三〇〇万円満期昭和三八年三月三〇日支払地及び振出地富山市支払場所被控訴組合なる本件約束手形一通を振出し、被控訴人金山は原審の分離前の共同被告であつた頭山茂こと崔炳燮に対し、崔は控訴人に対しそれぞれ支払拒絶証書作成義務を免除して本件手形を裏書譲渡し、控訴人が昭和三八年四月一日右支払場所に同手形を呈示して被控訴組合に対し本件手形金の支払を求めたが支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。

よつて被控訴人らの抗弁について検討する。

原審証人吉田紳郎、同吉田重信の各証言、原審における被控訴人金山国夫の本人尋問の結果、右吉田重信の証言及び被控訴人金山の本人尋問の結果によつて成立の認められる乙第一及び第二号証、第五号証の一、二、原審(第一、二回)並びに当審証人崔炳燮の証言(但し後記措信しない部分を除く)によれば、被控訴組合の組合長理事であつた吉田紳郎は自己が代表取締役であつた金山商事株式会社の土地買受資金を捻出するため、同会社の「専務取締役」であつた被控訴人金山国夫と協議の上、被控訴組合において手形を振出すなんらの原因関係がないにも拘らず、被控訴組合の代表者名義で本件手形外七通金額合計三六〇〇万円の約束手形を振出し、被控訴人金山は昭和三七年一二月一八日頃金港通商興業株式会社代表取締役出野三郎にその割引斡旋方を依頼し、右各手形に裏書の署名をした上これを同人に交付したところ、被控訴人金山と出野との間で定めた同月二一日までの委任期間中に割引ができなかつたため、同被控訴人は出野に対して右手形八通の返還を迫り、同月二七日までに本件手形を除く七通は回収することができたが、本件手形は富田春一ら数人を経て崔炳燮に交付され、(崔は金港通商興業株式会社の「専務取締役」中西忠円に対し手形に原因する債権を有しその取立を委任した富田春一より本件手形を入手したものである)被控訴人金山は金港通商興業株式会社の系列会社である金港商事株式会社の代表取締役であつた吉田重信に本件手形の返還交渉を依頼し、吉田重信は昭和三七年一二月下旬崔を訪ね、本件手形に関するいきさつを説明して返還を求めたけれども、同人の応ずるところとならなかつたことが認められ、右の事実によると崔は、遅くとも昭和三七年一二月末には、果して本件手形が支払になるかどうかについて少からざる疑問を抱くに至つていたものと認めることができる。証人崔炳燮の証言中右認定に反する部分は措信できない。

ところで控訴人が崔より本件手形の裏書を受けた事情について考えるに、証人崔炳燮及び控訴人が、それぞれ、原審(第一、二回)並びに当審における証言中、あるいは、原審並びに当審(第一、三回)における本人尋問の結果中において供述するところを総合すると、崔炳燮は同人が理事をしている韓国人経済人連合会の副会長である控訴人に対し昭和三七年一二月中窮状を訴えて本件手形の割引を懇願したところ、控訴人は当時年末でその資金がなかつたため、一旦これを拒んだが、一応本件手形はこれを預り、昭和三八年一月にはいつて資金ができたので割引に応ずることとし、同月一一日本件手形金三〇〇万円より、控訴人が崔に貸付けていた三〇万円を差引き、崔の控訴人に対する立替金一二万三〇〇〇円を加えた二八二万三〇〇〇円を崔に支払うべく、金額欄の下方に算用数字で右金額を横書きした横浜信用金庫本店宛の持参人払式小切手を作成し、羽田空港で崔に会いこれを交付しようとしたところ、崔は二七六万円でよい旨述べたので、右小切手の金額欄にその金額を書入れかつ前記の算用数字の金額を訂正し、これを崔に交付したとの趣旨に帰着し(なお控訴人は当審第二回の本人尋問の結果中において、右二八二万三〇〇〇円と二七六万円との差額六万三〇〇〇円は、崔が本件手形の満期までの日数と更にその後取立に要する数日を加えた期間の日歩二銭五厘の割合による割引利息を計算し、謝礼の趣旨でこれを差引いたものであることが、後に崔に問合わせ判明した旨供述する。また、崔は当時における証言中、また、控訴人は当審第一、二回の本人尋問の結果中において、前記富田より、崔、同人より控訴人に、順次、手形交付に際し、甲第六号証の一ないし三の「権利証」等を預かつた旨供述する。)、そして甲第三号証の一ないし三(原審における控訴人の供述と弁論の全趣旨とにより成立を認める)は右の如き小切手の写を添付した同小切手が昭和三八年一月一二日交換決済となつた旨の横浜信用金庫本店営業部長の証明書であり、甲第二号証の三(右同様成立を認める)は右小切手の控であつて、金額として二八二万三〇〇〇円、渡先として頭山氏、摘要として手形割引等の記載があり、また横浜信用金庫の控訴人に関する当座勘定元帳の写である乙第九及び第一〇号証の各二(成立に争はない)には、昭和三八年一月一一日の受人として三〇〇万円の、同月一二日の支払として二七六万円の各記載があり、崔炳燮名義の三和銀行内幸町支店の当座勘定入金通帳である甲第五号証の一ないし五(当審証人崔の証言と弁論の全趣旨とにより成立を認める)にも、同月一一日の入金として二七六万円の入金の記載がある。しかして、控訴人は当審第三回の本人尋問の結果中において、右金三〇〇万円の入手経路につき、控訴人はその頃訴外徳山秀雄より同額貸金の返済を受けたものであると供述し、(控訴人は、当審第二回の本人尋問の結果中において、同三〇〇万円は友人より貸金の返済を受けたものとしてその氏名を明らかにしなかつた)。そして、当審証人徳山秀雄の証言、これにより成立を認める甲第七号証、成立に争がない甲第八号証も、右にそう。また、原審証人崔炳燮の証言(第二回)によれば、前記二七六万円の使途について、崔は、富田春一に一三〇万円そこばくを交付し、その他、自己の債権者に二口、計五〇万円位を返還した旨述べている。

しかしながら、以上挙示の証人崔炳燮、同徳山秀雄の各証言及び控訴人の本人尋問の結果と各書証とを、原審証人吉田重信の証言及び原審における被控訴人金山国夫の本人尋問の結果と対比し且つ右控訴人らの供述経過その他本件口頭弁論の全趣旨に徴して考えるときは、右控訴人、崔、徳山の右各供述は、いずれも、たやすく措信し難いところであり、前記甲第三号証の一ないし三以下の書証も亦控訴人が真実本件手形取得の対価を支払つたことを示す確実な証拠となすには足らないものといわなければならない。

却つて、前段認定の事実に、右吉田重信の証言及び金山国夫の本人尋問の結果、前記乙第五号証の一、二、並びに本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えれば、崔が控訴人に対してなした本件手形の裏書譲渡は、ひつきよう、崔が被控訴人主張の頃、被控訴人らから対抗を受けるかも知れない「悪意」の抗弁を切断するため、控訴人をして訴訟行為をさせることを主たる目的として、なしたものと認むるを相当とする。

右認定を動かすべき証拠はない。

しからば右手形の裏書譲渡は信託法第一一条に違反する無効のものであるから、控訴人はこれにより手形上の権利を取得するに由なく、控訴人の被控訴人等に対する本訴手形金請求は、爾余の争点につき判断するまでもなく、その理由がないものといわなければならない。

よつて控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条にのつとり主文のとおり判決する。

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